物語
北の果ての小さな終着駅で、不器用なまでにまっすぐに、鉄道員(ぽっぽや)としての人生を送ってきた佐藤乙松(おとまつ)。愛する妻や一人娘を亡くした日さえも、男は駅に立ち続けた。今年で定年を迎える乙松は、彼と彼と運命を共にするように廃線が決まった北海道のローカル線の駅長だった。駅を守りつづけながらも、かつて愛する妻と幼い一人娘の命さえ守れなかった苦い悔恨は、乙松の心に深く宿っていた。降りしきる雪に汽車が何分遅れようとも、制帽を目深にかぶり、背筋を伸ばして、氷点下30℃近い極寒のプラットホームに立ちつづける乙松の姿はまるで自分自身に厳しい罰を与えているかのようだった。そんなある日、いつものように気動車を見送り、ホームの雪掻きをしていた乙松のもとへ、愛らしい少女がやってくる。見慣れない顔に、この町の子ではないと思う乙松。今度一年生になるの!あどけない笑顔で話す少女の手には、時代遅れの人形が抱かれていた。二言三言の会話を残して風のように走り去っていく少女を、目を細めて見送る乙松。ありふれた日々のなにげない出来事に思えたこの出会いこそ、孤独な乙松の人生に訪れた、やさしい奇跡の始まりだった。